羽越しな布とは

麻や藤、葛、芭蕉などの木・植物繊維から作られる織物は、「古代布」 と呼ばれ、木綿普及以前の生活用品として日常的に使われてきました。 シナノキやオオバボダイジュの樹皮繊維から作られる「しな布」もそ うした布の一つであり、2005年に「羽越しな布」として伝統的工芸 品に指定されました。しなの繊維の利用は古く、縄文時代から使われ ていたと言われています。材料の採取から機織りまで、約1年をかけ てつくられる布は、水に強く頑丈です。そのため、古くは農作業着や 米袋、漁網、漉し布などとして活躍していました。現在では、温かく 素朴な佇まいをもつ布として、帽子やバッグ、着物帯などとして愛好 されており、山形県鶴岡市関川、新潟県村上市雷、山熊田の3集落で 主に生産されています。

しなの木 / linden trees

しな織の原料にはシナノキ属のオオバボダイジュやシナノキが主に使われます。繊維 を多く採取するために株立ちで育てているため、関川の人々はその姿を「しめじのよ うに生えるよ」と愛着を込めて呼びます。関東北部以北に分布するオオバボダイジュは 特に良質な繊維が取ることができます。風のあたりが強く、若い木の繊維はさらに良 いとされているようです。シナノキの花は蜂蜜の採集にも利用されるほど良い香りが しますが、樹液は梨、花はジャスミンのような香りとも言います。

樹皮から糸へ / bark into thread

しなの木の皮剥ぎは、梅雨時期の雨が2、3日降り続いたあとのカラッと晴れた日から 始まります。地面から十分に水を吸ったこの時期のしなの木の皮は、大根の“かつら むき”のように、気持ちよくつるりと剥くことができます。その後、繊維をほぐすため に木灰とともに半日煮込んだしなの皮は、糠に漬け込む“しな漬け”や、手で一定の 太さに繊維を裂く“しな裂き”といった工程を経て糸績みへと進み、その様子は例える なら料理の下ごしらえのようです。関川のお母さんたちの手によって行われる糸績みは 繊維によって太さや強さが異なるので一定の糸を作ることは難しく根気のいる手仕事 ですが、だからこそ楽しいと感じるのだそうです。

川と共に / together with rivers

雪に包まれた冬を終えて春になると、ブナの芽吹きと共に山は鮮やかな緑色に変化し ます。豊かな自然とともに共存してきた関川の人々にとって、山菜やきのこ、栃の実 など、季節折々の恵みをもたらす山とそこから流れる川の恩恵は計り知れません。 関川には、鼠ケ関川に流れ込む3本の源流が走り、夏にはこどもたちが魚を追います。 そして8月になると、”しな煮”や”しな漬け”の工程を終えたしなの繊維(しな苧) を住民たちはこの川で洗います。しな織にとってもまた山と川は大切な場所なのです。

糸と人を績む / spinning thread and spinning people

しな織は、昔から家族の大切な生業のひとつとして作られ続けてきました。糸にでき るしなの木は、樹齢がおよそ15年から20年。例えば子どもが生まれてから高校生に なるくらいの年月を遡ることができます。木にしては“若い”と言うものの、人の時間 にすればそう短くはありません。 春が来る前に降り積もった雪の上を枝打ちに行くと、先代の誰かが枝打ちをして整えら れたしなの木がそこにあり、人と人との繋がりを感じるのだと言います。しなの繊維 と会話をするように大切に作られた糸は、布として織られ、作り手と使い手、または 携わっている人々の思いを結びながら次の世代へと渡されていきます。